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<title>BLOG＆イベント</title>
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<title>中小企業家同友会　経営指針プレ発表会3回目</title>
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７月13日神戸・三宮にて３回目の経営指針作成の勉強会がありました。経営をどう整理しまとめ上げていくか更に掘り下げて勉強できたように思えました。後は、会場の近くで懇親会。多くの社長さんと名刺交換させて頂きいろんな事業の話を聞かせて頂くことができました。皆さんありがとうございました。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240714105540/</link>
<pubDate>Sun, 14 Jul 2024 11:03:00 +0900</pubDate>
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<title>あなたは　税金をどう捉えますか？</title>
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【税金とはなんですか】なんで、税金を払わないといけないんですか？はたして、税金とはなんでしょう。税収というのは、原則的には”＝歳入”なんですよ。すなわち国家運営のための元手金なんです。今でそ国債の発行を活用してその歳入の額を調整していますが、ようするに税収によって国家運営が成り立っているわけです。では、国家の運営とはなんのためか？それは、個々国民の生活を支え安定させていくことがベースなんです。自分たちの生活を国家が守ってくれておりそれを運営していってもらう為の拠出金として税金は必要とされているわけです。【税金は怖い？】税法はわからないし税金は怖いという方が結構おられるのではないでしょうか？確かに義務として払わないといけません。本音でいえば誰もが快くは思わないと思いますが、税金は怖いものでもなんでもないありません。税法というのは最大限納税者に配慮して作られています。申告をちゃんとしていくことよって多くの得点のついてくる青色申告の適用が受けれます。税法の中でも選択適用ができる規定は常に納税者が有利になる方を適用していいようになっていますし、特例においても圧倒的に控除の規定が多いです。ただ、税金の負担には徹底して公平さをきたさないといけないという考え方をベースとしてあくまでも税金の為に経済活動等があるのではなく自然な経済活動や各種行い等がなされていくということをベースとしてそれに付随して税金を納めていくように練られています。結局、税金を怖がるという先入観の為に税法に背中を向けようと思ってしまうことでよりより税金との距離を感じるようになってしまっていってるからではないでしょうか？【税務署は怖い】最近の税務職員はすごく丁寧になってきているように思えますが？税務調査が怖いと思っておられる方が多くおられると思います。私は、長年税理士事務所で勤務していた経験を持っており数多くの税務調査の話をまとめてきましたが税務職員の方々も普通の人間です。むかし、「税務職員のかたから「僕らもサラリーマンでしかないのに税務署というだけでなんでここまできらわれないといけないんですかねぇ」と愚痴を聞いたことがありました。税法はその判断の決定権を納税地の所轄税務署長さんに一任されています。所轄税務署はその税務署長に与えられた権限の基に組織として課税の窓口の役割を果たされているわけです。だからいって、税法というのはそんなガチンガチンなものではありません。難しくいえば「課税の根拠」があくまでも合法的で現実をしっかりと捉えてたものであれば幅をもって判断してくれます。税務署にも、納税者を守っていかないといけないという義務があるんですよ。【なんでこれに税金が課せられるの？】「なんでこれに税金がかかるのかわからない。」ということが、多々あるのではないでしょうか？実は、税法の捉え方をちゃんともっており、根拠の立て方をわかっていればそんなことほぼありません。実際に私が税理士事務所で勤務していた時は税務調査で顧問先が納得しない修正申告はほぼ残さずに話をまとめてきました。税法というのは、取引の目的や意思によってだけで規定の適用がかわることが多々あります。「税金を安くしたい」「これ隠さないとまずい」と考え余計なことすることであとあと余計に多く税金をとられてしまうものだと思ってもらった方が確かだと思います。形式だけで浅く捉えてしまうことで課税関係も変わり特例の適用ができるケースであってもそれを見逃してしまうことも多々あるようです。大切なのは、全うなことは堂々と行っていき、ありのままをよりしっかると捉えてもらうように税務署に説明しわかってもらうことです。最近の税務職員は納税者にはとても誠実ですよ。税金を安くするためには、有意義な税金をきちんと払い無駄な税金を徹底して排除するよう心掛けることです。【税金としっかりと向かい合っていきましょう】大切なのは税金から逃げることではなく如何に意味のない税金を排除し有意義な納税の義務を全うすることを考えるかです。現行では例えば法人税法においても実行税率（法人税住民税・事業税の合計税率）は３０数％です。いいかえれば、儲けの６０％以上のお金が会社にプールされる形になります。会社にとってお金は人間の血液と同じ、なんで税金の為に１００％の支出をしなければならないのですか？まさに愚の骨頂とも思えます。しっかりと情報を収集し、税法と向き合うことで、税金がもっと身近に受け止められ、そうすることで怖いものではなくなっていきます。しっかりと向き合っていくことが何よりも大切なことだと考えます。【
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240628081729/</link>
<pubDate>Fri, 28 Jun 2024 10:48:00 +0900</pubDate>
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<title>自分が望む人生の価値とは？　人生を設計しよう</title>
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【はじめに】あなたにとってやりがいや夢ってなんでしょうか？あなたの人生価をお聞かせくださいませんか？銀行神話が崩壊し、終身雇用制くずれていっているこの時代においてあなたは自分の足で人生を歩いていくことを考えていますか・あなたにとっての人生の価値を見出し夢を持ち、目的意識を明確にしてみませんか。【あなたは自分の人生に何を求めますか】まず、自分をしりあなたにとって自分の人生のモットーを考えてみられたせんか？意図は財産です。自分が人の輪の中でどう人との折り合いをなしながら生きていきますか。その中で自分の存在の在り方というのが見えてきませんか？これを突き詰めてることによって自分自身のモットーが生まれてくると思います。ついで、自分がどういう仕事を全うしようとしているか？それと家庭について？それをしっかりと練りこんで自分の人生の構想を考えてみてはいかがですか？【自分なりのライフプラン】自分にとっての人生の構想、ライフプランを考えてみてはいかがですか？いわば、具体的な人生設計です。「何歳でマイホームを購入する」「何歳までにこの資格にチャレンジしてみよう」「仕事の構想」「家庭のこと」etc…これらのことを乗せた表を作成し自分の目的設定をしっかり持ちある程度の可能・不可能のめどを立てることによって自分の人生の照準が絞れて来るようになります。【ファイナンシャルプランナーとしての役割】私どもファイナンシャルプランナーに人間としてのあなた自身をお聞かせ願えますか？あなたを知ることによってあなたの身になりあなたの立場や想いをしっかり受け止めて尚且つ、あなたを客観的に捉えることによってあなたの実情を把握しあなたの人生設計のお手伝いやそれがどこまで可能とし得るかを検証致します。要所では何らかの対策を講じることにより、かのうにし得るとも提案させて頂きます。あなたの人生の構想をライフイベント表に乗せ、これを数的８経済的）に表現するキャッシュフロー表を作成することによって数的に現実性を検証させて頂きます。当然不可能な時はそれを可能にし得る対策講じて数字でお示し致します。これによって、先に対する不安を解消しあなた自身の人生を全うしていっては如何でしょうか。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240626090450/</link>
<pubDate>Wed, 26 Jun 2024 12:04:00 +0900</pubDate>
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<title>中小企業を黒字体質にするには</title>
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【損益分岐点につて】中小企業を黒字体質にするためには、一番手っ取り早く考えれば、それなりの売上を上げて、それを維持していくことなんでしょうが今の時代はそんなに甘くはありまでん。損益分岐点という言葉をご存じですか？損益分岐点とは売上高が費用額と等しくなる採算点。この分岐点を追う超せば超すほど利益が増えることになるものです。（電子辞書より）【変動費と固定費】なかなか、上記の説明では意思が捉えにくいものではないか思います。新しく変動費と固定費という言葉を掲げました。まず、変動費ですが、売上原価とか、売上高を上げるために直結係ってくる経費（製品・商品の運送費など）のことをいいます。それから固定費とはそれ以外で毎日固定的に係ってくる費用をいいます。損益分岐点とは、売上高から変動費をひいた利益（これを限界利益といいます）が固定費と等しくなる状態のことをいいます。【黒字体質】固定費とは、言い換えれば企業を維持するために係ってくる費用であり、損益分岐点とは、今の会社の規模では、最低限維持しなければならない売上高を示していることになります。これを超えれば売上高が上がれば当然それに見合うだけの限界利益が増加し、それがそのまま利益の増加へと繋がってくることになります。【損益分岐点がマイナスの場合には】この場合には、当然今の会社の規模に見合うだけの売上があがっていないと捉えるべきで会社の規模の縮小を検討すべきですが、それ以外、その赤字の金額にもよりますがしいれ価格の引き下げや製造原価の圧縮を検討してみるのも手ではないでしょうか。【売上高を上げて黒字体質を作っていくための資金の応急処理】売上高を上げる構想をたてられたが、一時的に資金がショートしてしまいそうなときは、その応急処置として考えられる術として、売上債権の回収スパンを短くすること、買掛債権の支払いスパンを長くすること、そして棚卸品の縮小などが考えられますが、最悪の場合はリスケジュールによる借入金返済の繰り延べという術も考えられます。【経営計画書を作成する】会社を維持していくためには、上記のようなことをしっかり配慮していかなければならないわけですが、行き当たりばったりでは今の変貌期ついには行き詰ってしまうことも多々考えられます。そういう意味で資金繰りも踏まえ、しっかりとした経営計画書の作成し、経営そのもののシュミレーションをたてておくことがすごく大切なことだと考える次第です。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240625073403/</link>
<pubDate>Tue, 25 Jun 2024 09:10:00 +0900</pubDate>
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<title>【中小企業の底上げが関西の経済再建のカギ】</title>
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《関西の経済》
小泉政権以降、経済政策は幾度も掲げられてきましたが、関西だけは冷え切ったままの状態が続いています。
元来、大阪は商業の街として知られ東京に次ぐ国内でも二番目の経済都市でした。
大阪は「情の街」「儲けてください」で勢いづいていたのですが、今はそれがもう通用しません。
というのも、大阪の経済は中小企業が支えてきた経済といっても過言じゃないからだと考えます。

《関西の中小企業》
何が問題なのでしょうか？
大阪の商売人の方々は誇りを持たれておられます。
「いかにして儲けるか。」でしたが、さすがに今の分析型経営にはついていけないのが実情ではないでしょうか？
売上を上げるのが、なかなか困難な時代で経済情勢の変化が激しく、経済そのものも複雑化し激変する一方です。
中小企業もしっかりとした方向性を見据え、その道筋をはっきりと定めながら経営していくことが必要だと考えられます。

《中小企業でも経営計画書が必要》
前項で述べたように経営の方向性とその道筋をしっかりとさだめておくこと。これが実は経営計画書の作成になるわけですが、これによって外部的な環境の変化や法改正があってもそれにはも飲まれず、目指すべきところを見失ってしまうことはありません。
言い換えれば、環境の変化に対してもしっかりとした対応を取りながら乗り越えていくことが可能になるわけです。
今後、企業を継続させる為には社長さんの意思をしっかりと繁栄した経営計画書の作成は必須だと考えられます。

《中小企業の資金繰り》
事業というのは、お金を回すことによって新しいお金を生みだしていき、これを反復させていくことです。
その形態は千差万別ですが、言い換えればお金は企業にとって人間の血液と同じだと考えていいと思います。
では、どうすればお金をうまく回せるか？
「お金が足りなくなってきたから融資を受けよう。」という社長さんも多くおられるかもしれませんが、これは愚の誇張なのです。
お金ができると使ってしまう。借りたものは返さなければなりません。
結局は、破綻への道に流れてしまいます。
お金をしっかり回していくためにはまずは黒字体質を作っていくことが大切なのです。
（黒字体質については、また後日お話させて頂きます。）

《関西の経済の再建のカギ》
今、お話したようにしっかりと黒字体質を作ることによって企業はしっかりとお金を回転させて行けるようになるわけです。
お金が回転していくことで経済は活性化していきます。
ただ、経営は総合力が大切です。
中小企業の場合、どうしても個々の専門分野はアウトソーシングに依存せざるを得ないでしょう。
そういう意味で関西の経済の再建においては各種分野の専門家が重要な役割を担うことになると考えます。
個々社長さんが経営計画書の作成を念頭に置いた経営を心掛けていくことが関西の経済の再建へと繋がる糸口と考える次第です。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240624094603/</link>
<pubDate>Mon, 24 Jun 2024 09:53:00 +0900</pubDate>
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<title>中小企業家同友会　「経営指針作成の勉強会</title>
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<![CDATA[
6月22日神戸で兵庫県中小企業家同友会の「経営指針作成の勉強会」があり参加してきました。経営指針作成においてその道筋をしっかりと掘り下げたところまで理解させて頂き大変勉強になりました。勉強しながら、弊社の構想がより鮮明に頭に思い描けたきがしました。全7回のうち、今回が2回目、今後もしっかり勉強し、最終7回目の「経営指針成文化セミナー」の合宿では、しっかりと自分の意にそぐった納得のいく「経営指針書」の作成を目指します。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240623071359/</link>
<pubDate>Sun, 23 Jun 2024 07:25:00 +0900</pubDate>
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<title>中小企業家同友会東神戸支部６月例会</title>
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<![CDATA[
本日、中小企業家同友会東神戸支部の６月例会がありました。新支部長のスピーチとグループトークでしっかりと勉強させて頂いてきました。また、多くの方々との名刺交換もさせて頂きました。今後も積極的に参加し、経営の勉強をさせて頂きます。皆さん、よろしくお願いいたします。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240618233307/</link>
<pubDate>Tue, 18 Jun 2024 23:38:00 +0900</pubDate>
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<title>中小企業家同友会　経営指針プレ発表会</title>
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<![CDATA[
晩には、中小企業家同友会の経営指針プレ報告会がありました。各社長の会社に対する思いを経営指針にしっかりまとめ上げ話を聞かせてきました。他の社長さんからは、なかなか手厳しい論評なども聞かせて頂きましたが経営指針を誰に対して、何のために発信するのかまた、これによって如何に聞き手側の心をつかんでいくかしっかりと頭を練らせて頂きました。経営指針の作成は、弊社の業務にも繋がる重要な経営資料ともなりえるもの。今後、より一層しっかりと勉強していきたいと思っています。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240614012943/</link>
<pubDate>Fri, 14 Jun 2024 01:40:00 +0900</pubDate>
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<title>MAP経営打ち合わせ</title>
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本日はMAS監査業務を企画・運営しているMAP経営の原口さんと荻原さんが来所して頂き、弊社の現状分析と課題と見出し、今後の戦略会議をさせて頂きました。Webを使ってのマーケティング、弊社ではかなり強固なパイプラインを構築していけたのですが、課題はまだまだ山積みです。それから、長い間お世話になってきた原口さんが今月いっぱいで退職、本当にありがとうございました。ついで荻原さん、今後ともよろしくお願いいたします。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240614010922/</link>
<pubDate>Fri, 14 Jun 2024 01:28:00 +0900</pubDate>
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<title>人間・豊臣秀吉</title>
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<![CDATA[
弊社では定期的に各地の史跡、名称を取材し、その場にまつわる史実や歴史上の人物にスポットをあて「人間同士のおりなしあい」や「人柄」に焦点をおき「人の世」の真髄を分析し、記事にしています。

今回は「豊臣秀吉」にスポットをあててみました。天下人への道1537年尾張国愛知郡にて誕生1551年今川義元の家臣松下之網に仕官1554年織田信長に仕官1561年浅野長勝の養女（高台院、ねね）と結婚1563年普請奉行となって清州城修築1566年美濃に進み墨俣の築砦に著功をたつ1573年小谷城の戦い・信長、長嶋一揆を攻撃。秀吉、浅井氏攻略の巧により、その所領二十二万石を与えられ、小谷城主となる。このころより羽柴筑前守秀吉と名乗る。1574年3月今浜（現在の長浜）に築城する。1582年6月2日本能寺の変にて信長自刃する。高松城攻め中の秀吉は毛利氏と和睦。6月13日秀吉は山崎の合戦で明智光秀を破る。6月27日清須会城に諸将が会して信長の後継と遺領配分を決める。1583年4月に賤ケ岳の合戦で柴田勝家を破る（秀吉の覇権確立）。6月大阪城に入る。8月秀吉は大阪城の大修築に着手、伊勢の滝川一益が秀吉におりる。1584年小牧・長久手の戦い（3月～11月）秀吉、徳川家康と戦う。この年から検知にとりかかる。そして、12月に秀吉は家康と和を約す。1585年3月根来・雑賀の一揆を従圧。7月に秀吉は関白となる。この年四国・北陸・中部地方を平定。1586年1月家康、秀吉に臣従を誓う。大阪城石垣工事の石運び捷を出す。5月家康が秀吉の妹（南明院）をめとる。秀吉、太政大臣となり豊臣姓を授かる。この年、聚楽第の築城開始。天下を取るまでの秀吉の人生は「攻」です。貧しい農民出身の秀吉にとって、最初の目標は武士として取り立てられて、出世すること。続いて、天下統一の途上で明智光秀に弑逆された主君、織田信長の仇を討つ覚悟を決めた時自分が天下人になるという目標に変化していきます。この時期の秀吉にとって、目標は単純明快な一本道だったため、その性格も非常に分かりやすいものでした。身分制度が厳しかった当時の社会。
農民出身という、マイナスからの出発ともいえる秀吉です。
まず成し遂げないといけないことは、武士として取り立ててもらえるように、自分に注目してもらうことでした。
「目立ちたがり屋だった。」
と、安易に輪を論じてしまっては、秀吉が群を抜いて出世していく理由にはなりません。
主君、織田信長の草履を、冬の寒い時期に懐で温めておいて、差し出したエピソードはあまりに有名です。
しかし、それは
アピールする人物を見極め
どのようにしたら嫌味がなく
好印象で気にかけてもらえるか
冷静に判断し、狙っていたのでしょう。秀吉が、人心掌握の術に長けていたはよくしられています。
それは味方のみならず、敵対していた人物をも含めて発揮されているのです。
相手の立場に立って、その気持ちに寄り添い謙虚に接することのできる指導者は抜群のカリスマ性を発揮します。
生まれながらにして苦労人であった秀吉にとって
それを素直に表現することは当たり前の行為だったのかもしれません。
周囲の人々、特に自分にはない優れた能力を有している人物は
大きな目標を成し遂げるためには必要不可欠な存在なのだということを、骨身にしみて理解していたのでしょう。秀吉は、戦いによって死者をだすことを嫌っていたといわれています。
その根底には大名が争乱を起こすたびに多くの人が死んでいく様を
農民という最もちからのない立場から、いやというほど見て経験してきたということがあったでしょう。
秀吉はやむを得ない場合を除いて、
力攻めを押し通すことは避け、水攻めや兵糧攻めを用いました。
この戦術をとる限り味方に死者はでず、
相手方も頑強に抵抗しなければ、首領が責任をとって切腹をすることで残りの者は死なずに済むからです。
信長の命を受けて中国地方へ遠征に来ていた秀吉は、堤防を作り備中高松城を水で包囲しました。
補給路を断つことで相手側の動揺を誘い和睦へと導いたのです。
死者が増えれば増えるほど、国力が衰退します。
生き残った人々は、以後の国づくりにとって貴重な人材となっていくと秀吉はみていたのではないでしょうか。天下人となった後の秀吉の人生は「守」です。
守るものが多くなると、人間は保守的になり、自分のことしか考えなくなってしまう傾向があります。
秀吉の晩年を見てみると、確かにそのように変わっていったと思わせる事例が多々起こっているのです。お市の方の娘「お茶々」を側室に迎えた秀吉は、ようやく念願の男子「鶴松｝を得ます。
しかし鶴松は死去してしまったため、関白の位を甥の英次に譲ることになります。
後年、次子「秀頼」が生まれると、後継者を秀頼にしたいという欲求が生まれ、冷静な判断力を奪ってしまうのです。
秀頼誕生から2年後、秀次は突然、謀反の疑いをかけられ切腹へと追い込まれてしまいました。
しかも秀吉はそれだけでは満足せず、老若男女問わず一族郎党を根絶やしにかかりました。
これは秀次の死を憂い、恨みを抱いた一族が反旗を翻し、争乱の種になるかもしれないという恐れと猜疑心からだったのでしょう。
当時、このようなことが古今東西よくありました。
幼い子供まで含めた39名全員が斬首されたのですから、人を大切にしてきた秀吉のイメージとは大きく変化したものと言えます。
しかし実際はそんな単純なものはなかったのではないのでしょうか。
そこにはようやく争乱のない世にできたのに、秀次と秀頼が自分の死後に対峙し、再び世が戦乱に戻ってしまうのではないかという恐れから、徹底的に後顧の憂いをなくすためにうごいたのかもしれません。「露と落ち露と消えし我が身かな浪花の事は夢のまた夢」
現代文に訳すなら「天下を統一した自分も、朝露のように生まれ、そして朝露のように儚く死んでいく。」といったところでしょうか。」
豊臣秀吉が死を前にした時、彼の頭の中を去来したのはなんだったのでしょう。この豊臣秀吉の最後の言葉である辞世の句は、皆さんの心にどう響きますか？「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
秀吉は、農民出身にも関わらず、異例のスピード出世を人物、信長に仕え始めたばかりの身分の低い頃、信長の草履を懐に入れて暖め、評価を得ていった事は有名な話。愛嬌があり、頭が良く、自信家・野心家であったといわれている。その結果、「鳴かせて見せよう」と表現されている。サブタイトル1598年伏見城で生涯を終えた豊臣秀吉は自身の遺言により、比叡山から稲荷山まで続く東山連峰の秀峰「阿弥陀ケ峰」に埋葬されました。後に後陽成天皇により「豊国大明神」の神号を与えられ、「豊国社（とよくにのやしろ）」が建立されました。日本最初の権現造りで壮麗0にして雄大な社殿であったそうですが、1615年の大阪夏の陣後、徳川幕府によって取り壊されしまいました。それから200年以上の歳月を経て、明治天皇の御沙汰により再興されることとなりました。きっかけとなったのは、全国統一を成し遂げたにも関わらず幕府を開かなかった秀吉の「尊王の精神」。現在の豊国神社は秀吉の精神によって蘇ったといえます。サブタイトルサブタイトルテキストテキストテキストテキストサブタイトルテキストテキストテキストテキストサブタイトルテキストテキストテキストテキストサブタイトルテキストテキストテキストテキスト豊国廟は、天下人・豊臣秀吉のお墓。京都東山三十六峰の一つ、阿弥陀ケ峰の489段の石段を登り切った頂上にあります。慶長3年（1598年）豊臣秀吉は伏見城で死去。遺体は火葬せずに城内に安置されました。慶長4年（1599年）豊国廟の創建。遺言により東山の阿弥陀ケ峰山頂に埋葬され、その麓の太閤担に廟所が建立されました。境内域30万坪を誇る壮麗かつ壮大な廟所は「豊国社」と命名され、毎年4月と8月に行われる豊国祭には朝廷より勅使が遣わされ、諸大名の参拝や寄進が相次いだといいます。慶長20年（1615年）に豊臣家が滅亡すると徳川家康の意向により神号は剥奪、神社も廃絶・破却されました。秀吉の遺体は山頂に残され霊屋は修理禁止とされ、江戸時代を通して再興が認められませんでした。明治元年（1868年）明治天皇が「秀吉は、天下統一を果たしたが、幕府を作らず天皇を尊重した人物」であると再評価し豊国神社を再興。明治31年（1898年）豊国廟が再建。豊太閤三百年祭に合わせて阿弥陀ケ峰山頂の荒廃していた陵墓に新しく石造五重塔を建立。この工事の際、土中から素焼きの壺に入った秀吉の遺骸とおぼしきものが発見され、丁重に再埋葬されたといいます。
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<link>https://kobefp4170.com/blog/detail/20240412075312/</link>
<pubDate>Fri, 12 Apr 2024 15:14:00 +0900</pubDate>
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